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榛原誌

榛原トリコの日々のクロッキー。

3月12日

父の誕生日会をはじめて行う。

去年、夫に二日酔いで誕生日をほかされた愚痴を言っていたら、誕生日会など自分は一回もしてもらったことがない、と間違った返しを父がしたのだがそれを聞いて、誕生日会やって欲しいのかなと思い、今年に入って父の風邪やインフルエンザや祖母の葬儀などで集まれなかったこともあり、甥へのお年玉と少し早い入学祝いを持参して、父指定のステーキ屋に赴く。

とんかつ屋のように小上がりの座敷のある、ステキな店だった。

 

子どもたちはハンバーグを頼み、ステーキはなかなかこなかった。

その間、この春中学にあがる甥1の、制服やジャージを見せてもらう。上履きがスニーカータイプなことに驚く。

 

今まで誕生日会をやらなかったのは、父になにかしても、とくに大きく喜びもしないし、物欲もないし、もらったものをそのへんに置きっぱなしにするから自然とそういうことが淘汰されていったのだろうと推測する。なにかの会にいても、TVを見ているか、自分の自慢話をするか、人の話に「いや、」から入って持論を展開させるかするだけだ。

 

母は喜びを大きく表現する人だった。好奇心が強く、好きなものがたくさんある人だった。これを母にあげたら喜ぶだろう驚くだろう笑うだろうと思うものはいつもある。けれど父にあげるものを探すのはとても苦労し、結局今回も、プレゼントは酒になった。

 

プレゼントを渡すと、父はやっぱり、ありがとうと言って中も見ずに脇に置く。仕方がないのでこれがどういうお酒なのかを説明する。

それから、と言って、もう一つの包みを渡す。それも中を見ずしまおうとするので、開けるよう促す。

中に入っているのは写真立てで、去年のクリスマスのときに父を中心に孫たちと並んで撮った写真が入っている。とてもいい写真で、これ焼いてちょうだいと言われていたものだった。

父は、諦めたような力ない笑顔になった。喉の奥のほうで、ごもごもとお礼を言う。見せてー見せてーという妹らに写真立てを渡し、遠くであーだこーだ言っている間、父はそっとティッシュを取り出し、鼻を抑えた。

娘は、彼女からのプレゼントである新聞紙の兜を、父の頭にかぶせた。兜の角はすべてきちんと均等に尖っていて、みんなが褒める。父は頭にちょこんと兜をのっけたまま、自分が褒められたようににんまりと笑った。

 

54で死ぬと言われていた父は、69歳になった。

今週の甥1の卒業式には、父も出席するのだという。