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榛原誌

榛原トリコの日々のクロッキー。

11月30日

雨女のイトコが鎌倉で佐助稲荷を詣でてハイキングコースを歩き山の中腹にあるオープンカフェでお茶を飲みたいと言うので、晴れたらね、と言っておいたら、珍しく晴れた。

私が晴れ女だからかしらん。昼食にカレーを食べながら、しかしイトコは「ずっと雨女な私だったけれど、実は最近、晴れまでいかなくとも曇りで済んでいるのだ」と言った。まあ、よかったじゃないの、と言うと、彼女はカレーを食べていた匙を置き、神妙な面持ちで、「でも、そのかわりに差し出しているものがあると思うんだよね」と言う。怖い。

「なに、その…差し出しているものって」

「肝臓」

どういうことだ。生け贄感が半端ない。

聞けば、降雨確率の低下と比例するように、どんどん酒が飲めなくなってきたのだという。

 

トレッキングシューズを履いた足で、イトコを佐助稲荷へと導く。まったく簡単な道のりなのですぐに着いたが、方向音痴のイトコは前回来ようとした時は山側から行って全く着かなかったと首をひねりながら、御朱印を貰いに社務所に向かった。

ここは仕事運がアップする神社だとイトコに言われたので念入りにお参りをし、立て看板で由来などを読み終えたがまだイトコは神主らしき人と話し込んでいる。近づいてみると、彼女は手ぬぐいを買いながら、霊水の在処と飲めるのかどうかを尋ねていた。私は、どうしてそんな情報網のある人が、こんな簡単な場所にたどり着けないのか不思議に思った。

 

イトコの聞いた霊水の泉は霊狐泉、といい、小さな祠の中にあった。
イトコはわき水を持って帰りたいけどどうしよ、と考え、そうだとばかりに持って来ていた水筒の中身を飲み干した。

「さっき、飲めない水だって言われてたけど、持って帰ってなにに使うの?」

「お掃除に使ったり、石を洗ったり」

へえ、と見ていると、空いた水筒の中に水をくんだり、持参してきたいくつかの水晶などの石を洗ったりしている。

「一番お気に入りの石のブレスレットがあったんだけど、今朝ちぎれちゃってさー」

「あんまり怖いこと言うのやめてくれる?」

 

鎖場のような山道を抜けてハイキングコースを歩いて行く。

葛原岡神社まで歩き、折り返して山を降り、新佐助トンネルの辺りに出てからカフェに向かった。

 

オープンカフェで、暮れ行く眼下の山々の緑を眺めながらホットティーを飲んだ。

「いい天気で良かったね」

「肝臓差し出してっからね」
「その甲斐あるね」

それから芸能人の悪口などを言っい合っていると、イトコは「いいね!ここ。悪口が吸い込まれていく!」と晴れやかな顔で空を見上げた。

「悪口を言うと元気が出るよ」

「そういうもの?」

「仕事でストレスがたまってくると、同僚と帰りに雑貨店をのぞいて、こんなの作れる、作れる、はい作れるって言ってから帰るよ」

「仕事の悪口じゃないんだね」

「でも都会はアスファルトで悪口が自分に跳ね返ってきて自分も痛めつけられるんだよね。ここは悪口をはいてもはいても樹々が吸い込んでいってくれて、すっきりするよ!」

リスたちが木の実を食べるために近くまでやってきた。写真が撮りたい!と言って携帯電話の電池が切れたイトコに貸すため自分のiPhoneを取り出してそこで水木しげるの訃報を知った。

「水木しげる死んだ」

「うそ」

顔をあげると、私の目を見てもう一度イトコは「うそ」と聞く。私たちは悲しかった。

それから、しかしこうなってくるといよいよ東京での祖母の一人暮らしはすごいことだという話になり、来月の91の誕生日はいっしょに祝いに行こうということになった。