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榛原誌

榛原トリコの日々のクロッキー。

12月4日

強風。

12月になって、ラジオから流れる「冬がはじまるよ」を聴くのも、もう3度目。

 

娘との約束通り、預かり保育をお休みにして、お迎えに行くも、結局1時間園庭で預かりの子と遊んでいる。

私は普段は会えないママたちと立ち話をし、体内になにかが充ちて行くのを感じる。

 

家に帰って約束通りおやつはチョコレートを食べて、日当りの良い2階の畳の部屋で、カルタをし、手遊びをし、つみきをし、その積んだつみきをアンパンマンミュージアムに見立てた娘はレゴの人形でミュージアム遊びをし始めたので、私はアンパンマン劇場を作ってどうぶつたちのフィギュアで観客を作った。

それから最近レジで遊んでいないね、と気がついて、お店屋さんごっこをすることになった。娘のお店屋さんは、いつも100円ショップだ。娘のおもちゃや人形やおままごとセットが並べられ、どれもこれも100円。これはなかなか楽しい遊びで、入浴時間まで何度もそれで遊んだ。

 

そして娘が私に隠れて、やったらいけないと言われていることを行い、私は怒る代わりに強く本気で悲しんだ。お母さんは約束を守って預かりをお休みにして、たくさん遊んでとても楽しい気持ちで、夕飯はあなたの好物のいくらを用意していたのに、あなたはお母さんにもうしないと言っていたことを、その約束をやぶって、お母さんにバレなきゃいいと思ってその約束をやぶって、お母さんは、悲しいよ、いくらもあげられないよ、とても楽しい気持ちだったのに、どうして隠れてそんなことするの、楽しいのが台無しだよ。

娘は、自分も楽しかった、と言って号泣した。いくらが食べたいと言って泣いた。

私は、お母さんもあなたを喜ばせたくていくらを用意したのに、食べてほしかったのにと言ってうなだれた。娘は、ママ、ママ、と泣き叫ぶ。
私は娘の手を取って、してはいけないと言ったことの、してはいけない理由をとうとうと話した。お母さんが怒るからやらない、ということではないのだよ、と話した。そして、これからどうしようかと尋ねた。もうしないと言っても何度もするということは、もうしないと言っても信じてもらえないね、どうしようか。

わからない、と娘は言った。お母さんもわからない、と答えた。

それで、考えて、もう信じてもらえないかもしれないけど、また信じてもらえるまで、「やらない」をつづけるしかないのかも、と言った。

娘が頷き、もうしない、と言う。私はそれを信じない。信じないけど頷く。
二人で抱き合い、いくらは少しだけあげることにするよ、と言った。ありがとうママ!と感激していた娘は、夕飯時にはこのことすっかり忘れて、「私のいくら、なんでこんなに少ないの?」と聞いていた。